石橋巡り
(2004年7月24日〜25日)

国東半島



1.杵築市〜大田村〜豊後高田市 2.国東町 3.真玉町〜香々地町 4.国見町
5.道中で見たものその1 その2 その3 その4
その5 その6 その7 その8 その9 その10



今回は国東半島。

昨年探索計画を立てているうちに、偶然院内町の「石橋」が目にとまり、予定変更して院内町を回り、以来石橋にとりつかれた。
番外編的に「道中で見たもの」を掲載しているが、今回はどちらも主目的なのでハードスケジュールとなった。

出発から予定変更して、23日の夜出発。午前1時には杵築市に到着したが、宿らしきものは見当たらず杵築城の駐車場で野宿した。
翌朝は6時前から行動開始、見るところが多すぎて石橋は12基しか回れなかった。

24日夜は、行動に便利な国東半島のほぼ中央部、並石ダムの湖畔の
「並石ダムグリーンランド・こっとん村」に泊まった。ここは午後4時には無人化するというので、途中立ち寄り鍵を受け取った。
たまたまほかの宿泊客がおられたので良かったが、一人では少々淋しすぎるところだった

翌朝はウグイスの鳴き声とカジカの鳴き声で目が覚め、とても気持ちが良かった。
この日も6時前から行動開始、石橋は19基回れたが、予定数には達しなかった。残念なことは旧千燈寺跡にたどり着けなかったこと。
標柱に従って、小道を下ると竹が倒れ掛かり行く手を阻んでいる。さらに進むと小道は水に流されており、滑りやすく危険な状態。さらに進むと鬱蒼とした草むらが現れた、多分この先が目指すところだろうと思ったが、長靴に履き替えておらず、蛇でもでそうな様子だったので、あきらめて数百m上り坂を引き返した。再チャレンジはいつの日になることやら。

石橋の数は31基、合計904基となった。


六郷満山

「国東半島は、遠い平安のむかしから「六郷満山」と呼ばれる仏教文化が形成されたところである。
 六郷満山とは、来縄(くなわ)、田染(たしぶ)、伊美、国東、安岐、武蔵の六郷に、宇佐神宮の神宮寺である弥勒寺の末寺がつぎつぎに建立され、これを総括して呼ぶ場合に使われた名称である。
 むかし中国台州の天台山では山頂を禅林寺、中腹を国清寺、麓を修善寺といい、これを天台の三山と呼んだ。六郷満山の組織も、これにならって、宇佐に近い8ケ寺を「本山」=(学問の場所)、半島中央部の10ケ寺を「中山」=(修行の場所)、遠い沿岸部の10ケ寺を「末山」=(民衆と接触する場所)といい、この28ケ寺が本寺となって、その下にもまた多くの末寺が建立され、宇佐から半島全域をひとつの山に見立てて、規模の大きい天台の三山組織をつくりあげたのである。
 これら天台寺院は、山号寺号をもち、例えば真木大堂のあるところは、馬城山伝乗寺と呼び本山本寺のひとつとして栄えた跡である。
 いまなお、当時の繁栄を偲ぶものとして、九州最古の木造建築である国宝富貴寺をはじめ多くの寺院、木彫仏、石仏、国東塔などの石造美術品が半島全域にわたって散在している。」