石橋巡り
(2004年5月30日)

日向市〜財部町〜都城市〜高岡町
(落鹿7号橋・落鹿6号橋・踊橋・大塚の石橋・赤谷橋・鵜木橋)



道中で見たもの



宮崎は昨日梅雨入り宣言が出されました。去年より11日早いが、平年並みだそうです。湿度が高いためか、早朝は濃霧でした。

今日は、日向市役所社会教育課様と、岡崎文雄様の情報の確認のため、まず日向市美々津町落鹿地区の南、高松地区へ向かいました。

幸いにも、目的の石橋には一発で出会いました。
2基目では、石橋を作った方の子供さんに出会い、お茶を頂きながら沢山の情報をいただきました。落鹿から高松にかけて7基の石橋が架かっているという情報でしたが、残念ながら1基は架け替えられていました。

都城市、大塚地区に向かう前に、財部町で1基立ち寄りました。
大塚地区の石橋は注意しないと見逃すような場所でしたが、これも幸いなことに一発でたどり着きました。情報を得るために、公民館長さん宅を訪ねましたが、あいにく不在で、奥様から電話番号を教えて頂きました。

高岡町で赤谷1号・2号橋に立ち寄りましたが、町有形文化財指定の標柱が建てられていました。しかし久津良橋には建っておらず、有形文化財には指定されていないのかも知れません。


本日の収穫4基、合計721基となりました。




落鹿7号橋 日向市美々津 高松

百町原水路
橋長:3.1m
橋幅:2.76m
径間:1.9m
拱矢:1.2m
架設:1914年
石工:黒木為次郎、上野銀次郎(共に東郷町)




国道10号線、都農町と日向市の境より1.2Km北上。
高松バス停より左折、700m先県道302号線へ右折、すぐ右手に架かっている。
落鹿6号橋 日向市美々津 高松

百町原水路
橋長:3.3m
橋幅:1.92m
径間:1.8m
拱矢:1.1m
架設:1914年
石工:黒木為次郎、上野銀次郎
(共に東郷町)
7号橋より150m上流
黒木幸勇さん(東郷町)
6号橋の近くのお宅です。早朝なのにお茶を呼ばれ、色々と教えて頂きました。

水路を境に、東側は日向市、西側は東郷町です。日向市側は高松地区、東郷町側は落鹿地区です。

この方のお父さんが黒木為次郎という石工さんで、百町原に架かる石橋を架けられたそうです。
石は凝灰岩ではなくて真石が使われているそうです。もう一人上野銀次郎という石工さんも一緒に仕事をされたそうです。
架橋は90年前ということですから、大正3年(1914)ですね。
「1905(明治38)年、日露戦争凱旋後、田の原に水源地・水路調査後、開田を説いて廻り苦節7年1912(明治45)年、国・県・町の認める処となり開田工事開始、新富町萱嶋儀作氏により水路完成、1916(大正5)年、開田が完成・・・云々」




←参考までに百町原開田の碑文を掲載しました。





故 落鹿5号橋

6号橋の約200m上流ですが、残念なことに架け替えられていました。
黒木さんもご存知ありませんでした。

水利組合の許可だけで橋が架けられるそうですので、ひょっとしたら他の橋も不便ということで架け替えられる可能性があります。





踊橋(おどりばし) 曽於郡財部町下財部

踊橋川

橋長:9.5m
橋幅:4.4m
径間:6.1m
拱矢:3.1m
架設:昭和22年




県道31号線、都城から北上し、関の尾の滝入口を過ぎ県道106号線へ左折、900m先中谷小学校方面へ右折、300m先右折、1.3Km先に架かっている。
大塚の石橋 都城市高野町 上大塚

大塚川
橋長:7.0m
橋幅:2.6m
径間:2.6m
拱矢:1.6m

県道31号線西岳より県道105号線へ、3.4Km先大塚方面へ左折、900m先右折すぐ左下に架かっている。




現橋はこのようなボックスになっており、橋とは気づかない。
石橋はその下流に一段低く隠れている。
赤谷橋 高岡町

赤谷2号橋と呼んでいた橋は、「赤谷橋」として町指定有形文化財に指定されていた。





鵜木橋 高岡町

赤谷1号橋と呼んでいた橋は、「鵜木橋」として町指定有形文化財に指定されていた。



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