石橋巡り
(2012年5月26日)

伊佐市〜出水市


1.楠本の田の神 2.東市山の田の神 3.篠原の石仏 4.篠原舟ノ川の田の神 5.篠原陣之尾田の神 男 6.篠原陣之尾田の神 女 7.下殿上ノ馬場の田の神 8.上白木の田の神 9.射場元の田の神1 10.射場元の田の神2 11.中川の田の神 12.田原の田の神 13.不動野の田の神 14.下平野の田の神 15.上鯖渕太田の田の神1 16.上鯖渕太田の田の神2 17.上鯖渕松尾の田の神 18.朝熊の田の神 19.六月田下の田の神 20.切通の田の神 21.境橋 22.早馬大明神の田の神 23.今村の田の神 24.今中の田の神 25.今釜中の田の神 26.下水流の田の神 27.八王神社入口の田の神 28.上水流の田の神 29.柴引麓の仁王像 30.松ヶ野入口の田の神 31.浦の田の神2 32.昭興入口の田の神


 文化圏の境目は大変興味深いものがあります。宮崎県東諸県地域の大部分は薩摩藩領でしたが、そのうち、倉岡郷・高岡郷・穆佐郷・綾郷は関外四郷と呼ばれ、去川関所の外側であった事から他の地域との交流が容易で、現在でもその地域では宮崎弁が話されています。
 薩摩藩領ということは、田の神も多い地域なのですが、その地域と境を接する宮崎市の有田、冨吉、柏原、跡江、浮田、生目などの地域にも多数の田の神が点在します。そればかりか、薩摩藩の風習であった「月讀命」までもが入り込んできています。
 地域の方の話によれば、西南戦争時、高岡方面からの縁故疎開がかなりあってその影響もあるのでは・・・ということです。
 いつも気になるのが、薩摩と肥後の境目ですが、今回も出水市と境を接する水俣市にひょっとして田の神がないか探して回りましたが、見つかりませんでした。
 米ノ津には野間の関が置かれ、交流が難しかったとは思いますが、それ以北は関外なので、水俣市にも田の神がある可能性はあると思います。