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6.江里峠橋

2007.05.05


1.山の田自然歩道の石橋 2.野中町の石橋(桁) 3.野中町の石橋 4.トロッコ橋 5.神田の石橋 6.江里峠橋 7.江里峠下橋 8.乙末橘橋


北松浦郡佐々町江里免(えりめん)

橋長:4.5m
橋幅:4.87m
径間:1.78m
拱矢:0.9m
環厚:40cm




江里峠橋 佐々町指定文化財
「明治二〇年(1887)頃、佐々・江迎間の県道が開通したが、この道は平戸街道を基に改修したので急傾斜や力−ブが多く、特に江里峠付近は難工事であった。
 そのためか工場請負人井出義三郎(西彼杵郡浦上山里村・現長崎市)は、工事の無事を祈願するため、あるいは竣工に感謝して江里地区の氏神である鎌倉神社に石の手水鉢を献納(明治二十年四月吉日)している。江里峠橋のすぐそばには、工事中に亡くなった長崎県職員山口宗助技官(明治二十年一月十四日没)を追悼する碑が建てられており、この石碑から明治二十年頃の架橋と確認できる。この時期の県道改修で石橋が架けられたは大変珍しく、北松浦半島の石橋としては最古のものといえる。
 この橋の下を流れる小川は、大雨が降れば激流となるため、強い石橋を架ける必要があったものと推察できる。この橋は壁石が高く、一般的な橋のイメージとは異なっているが、深い谷を可能な限り緩やかに道路を通すための先人の工夫であったと考えられる。かつて、この橋の両側にあった石の欄干の一部が上流側左岸付け根部分に残っている。当時、この橋のまわりには鎌倉神社の献上米用の水田があったので、江里地区の人の中には、宮田橋と呼ぶ人もあった。県道となった平戸街道では人力車が通るようになり、大正六年(1917)には、佐世保・平戸間に定期バスの運行が開始されている。
推定架橋年 1887年(明治20)
橋長9m 径間1.8m 橋幅4.9m
石工 樋渡芳蔵(有田村・現佐賀県有田町)」

平成二十一年四月一日指定
佐々町教育委員会
4年7ヶ月ぶりの訪問
案内板が建てられました

上流側

上流側、川床から

上流側

内部
7.江里峠下橋へ