5,148
38.小椎尾神社境内橋

2010.03.28



1.厳島神社神殿石橋 2.甘木水町の石橋 3.甘木二日町の石橋 4.甘木横内の石橋 5.久光の石橋 6.みわふれあい広場西橋 7.みわふれあい広場東橋 8.朝倉市大庭の桜 9.長渕の石橋 10.古毛石橋 11.古毛老松神社参道橋 12.旧さくら橋 13.愛宕社参道橋 14.愛宕社庚申塚前の石橋 15.西宗寺門前橋 16.西宗寺門前東の橋 17.須賀神社参道橋 18.久喜宮小学校西門石橋 19.弓立神社参道橋 20.弓立神社桁石橋 21.弓立神社池小橋 22.弓立神社参道口橋 23.弓立神社南橋 24.弓立神社南小橋 25.杷木神社日露戦役記念碑前石橋 26.川籠石天満宮参道橋 27.荒瀬橋 28.高御魂神社石橋 29.諏訪神社神池橋 30.浮羽町馬場の桜 31.葛籠棚田 32.三寺拂のアーチ橋 33.浮羽町分田の風景 34.浮羽町分田の桜 35.尻深水路橋 36.尻深の石橋 37.尻深の小橋 38.小椎尾神社境内橋 39.女子尾山不動尊境内橋 40.女子尾山不動尊お堂前橋 41.女子尾山不動尊口橋 42.天祖神社参道橋 43.杭戸の石橋 44.杭戸上石橋 45.杭戸上小橋 46.杭戸公民館西橋 47.白手橋 48.筏場眼鏡橋 49.玉垂神社参道橋 50.玉垂神社参道口橋 51.大原のしだれ桜


うきは市浮羽町小塩

橋長:2.2m
橋幅:1.2m
単径間桁橋
架設:昭和31年(1956年)




小塩の由来
「真美野、前迫や笹の隈などから発見された石の道具や土器の破片などから、この付近には2〜300年前に人がいたことがわかりますが、はっきり記録(文字)に見られるのは今から800年ぐらい前のこと。
 越生越前守という人が丹後局と共にこの地に住みつき烏岳に東山城を築き、本宮に小椎尾神社をお祭りしてこの地方を治めたこと、また丹後局は岩屋洞に尼寺(今の岩屋堂観音堂横)を建てたことなどが書かれています。
 この頃から人々も多く住みつくようになり、谷間やゆるい山の傾斜面などを開拓して田畑をつくり、農業で生活していたようです。なお、日田、田竈、新川などとも往来して女子尾、宮、牧の草、前迫などにはやく“むら”が出来たと思われます。
 その後、人口も増え次々に新しい“むら”も出来たと思われます。
 その後、人口も増え次々に新しい“むら”も出来、明治22年、小塩、田篭、新川、妹川の四ヶ村が合併して“姫治村”となるまで私たちの先祖の人々はこの平和な“小塩村”の開発と発展に努力されてきたのです。“小塩”とは越生越前守が治めていたのでその姓をもって村の名としたとされています。
(中崎塚塚の碑)
越生→小椎尾→小塩となりました。」
県道105号線沿いです

神殿横

池に架かっています

正面

親柱

側面

上から
39.女子尾山不動尊境内橋へ