石橋巡り
(2005年3月12日)

高千穂町〜南阿蘇村〜大津町〜菊陽町〜御船町
(第一富野尾橋・深谷尻橋・舞堂橋・弘化橋・井手上橋・西鶴橋・古閑原橋・下津留橋)



今日の目的は高千穂町の「第一富野尾橋」です。高千穂町コミュニティセンターの緒方様より新規の情報を頂きました。
上岩戸地区を訪れるのは初めてでしたが、スムーズにたどり着きました。
その後高千穂町コミュニティセンターに緒方様を訪ね、色々とお話をお伺いしました。

8基追加で、累計1,540基となりました。


1,533 第一富野尾(だいいちとみのお)橋 高千穂町富野尾

橋長:8.0m
橋幅:5.5m(下幅)
径間:4.9m
拱矢:2.3m
環厚:40cm
架設:昭和26年6月




県道7号線天岩戸交差点から県道204号線〜県道207号線へ。10Km先に上岩戸小学校、北入口より1Km先に架かっています。




1,534 深谷尻(ふかやじり)橋 南阿蘇村(旧長陽村)長野

橋長:9.5m
橋幅:10.5m
径間:2.5m
拱矢:1.3m
環厚:37cm






国道325号線、河陽から県道149号線へ。1.8Km先に鶴の谷橋、さらに350m先に尻無橋、さらに70m先に架かっています。









鶴の谷橋 南阿蘇村(旧長陽村)長野

山王谷川
橋長:9.2m
橋幅:9.8m
径間:3.65m
拱矢:1.8m
環厚:39cm
架設:大正初期

要石のところにぶら下がっている傘は健在でした。実は、前回訪れた時、県道149号線を南下して来たから今回は北上しようと思い(勘違い)最初に遭遇したのがこの橋でした。新規と思い、喜んで橋の中をくぐり抜け、反対側に出てこの傘を見て気付きました。




1,535 舞堂(まいどう)橋 南阿蘇村立野

九電放水路
橋長:m
橋幅:m
径間:m
拱矢:m
環厚:cm
架設:




国道57号線、立野小前を右手に派出所を見て170m北上、右折。200m先九電放水路に架かっていますが、下流側からでないと見えません。




1,536 弘化橋 大津町真木
大津町指定文化財

矢護川
橋長:10.0m
橋幅:2.3m
径間:8.0m
拱矢:2.7m
環厚:43cm
架設:弘化年間(1844〜1848)




県道23号線真城小学校の300m西から細い道を北へ進んですぐ、矢護川に架かっています。




光尊寺橋の上流側は河川工事中でした。




松古閑橋の左岸下流側の護岸工事は終了しました。









大願寺橋

左上は円通寺





1,537 井手上(いでうえ)橋 大津町室

上井手
橋長:5.1m
橋幅:3.3m
径間:4.7m
拱矢:2.0m
環厚:cm
架設:文化14年(1817)




大願寺橋から150m南西に架かっています。下流側は拡幅されていますので、覗き込まないと輪石は見えません。

上流側には桁石3列×3の単径間方丈桁橋で拡幅してあります。
この単径間方丈桁橋と同じ型式は下流の西鶴橋、大分県香々地町の鵯越橋などがあります。





1,538 西鶴橋 大津町

上井手
橋長:m
橋幅:m
径間:m
拱矢:m
環厚:cm
架設:昭和30年(1955)
単径間方丈桁橋(7列×3)




上井手が国道325号線の下を流れる地点から50m上流に架かっています。




1,539 古閑原眼鏡橋 菊陽町古閑原

上井手
橋長:6.7m
橋幅:2.2m
径間:4.9m
拱矢:2.8m
架設:江戸末期〜明治初期




国道325号線高架下の西150mで県道30号線を200m北上、上井手沿いに左折、200m先に架かっています。

「瀬田上井手に架かる単一アーチ橋である。去る昭和12年、県道大津・植木線が開通し、従来の主要な生活道であったこの道路も利用者が減少したがその以前は交通の要衝であり、古閑原区の玄関口にあたっていたところである。元来、眼鏡橋は莫大な費用と、労力を要するため、最も重要な生活道にのみ架設されたものである。この眼鏡橋の基礎部は、井手底から約2.2m上方からはじまっており、変形アーチ橋であるが、幸い両岸が堅い岩盤のために、保存状態は良好であるが、一般的な見方としては、幕末から、明治初期の架橋と思われる。
橋長6.7m・橋幅2.2m・輪石数25枚・高さ4.9m・スパン4.9m・である。」

菊陽町教育委員会





1,540 下津留(したづる)橋 御船町辺田見

橋長:4.0m
橋幅:2.8m
径間:3.2m
拱矢:1.2m
環厚:32cm




御船消防署の裏、眼科医院の前に架かっています。