石橋巡り

球磨村〜津奈木町〜田浦町〜八代市
(2003年12月6日)



一勝地(いっしょうち)橋 熊本県球磨郡球磨村一勝地

橋長:26m
橋幅:5.0m
架橋:大正12年(1923)
交通量が多く、補強されていました。

国道219号線、一勝地で球磨川を渡り、球磨中学校方面へ約600m右折したところ。現役の橋。

こう言えば簡単ですが、少し迷いました。
中尾眼鏡橋 熊本県葦北郡津奈木町河原
津奈木町指定文化財

橋長:9.4m 
橋幅:1.4m 
径間:8.0m 
拱矢:4.4m
架橋:嘉永6年(1853)
石工:三平と推定

現在では隣のコンクリート橋に役目を譲っています。
残念ながら左岸側の壁石が崩壊していました、最近のことでしょうか。
しかし、輪石はしっかりしていますので、修復は簡単でしょう。

国道3号線、津奈木トンネルより約3.6Km南下。亀万酒造の先を左折し約600m進むと橋があります。その右手。



金山眼鏡橋 津奈木町大丸 
津奈木町指定文化財

橋長:9.5m 
橋幅:1.8m 
径間:8.5m
石工:三平と推定

中尾橋から北の道を上り、途中から右手に下りたところ。標柱あり。





津奈木重磐岩(つなぎちょうはんがん)眼鏡橋 
津奈木町岩城
県指定重要文化財

橋長:18m
橋幅:4.5m

径間:17.0m 
拱矢:5.7m
架橋:嘉永2年(1849)
石工:三平(藤原林七の三男)

町営温泉「四季彩」を目標。
中村眼鏡橋 津奈木町岩城
津奈木町指定文化財

橋長:13.3m
橋幅:3.8m
径間:10.5m
拱矢:3.2m
架橋:嘉永3年(1850)年
石工:三平と推定

現役で、車の通行も可能です。

津奈木駅前交差点を南進し次の信号から右折。橋を渡り右折約500m右手。


浜眼鏡橋 津奈木町岩城
津奈木町指定文化財


橋長:3.8m
橋幅:1.7m
径間:2.8m
拱矢:1.8m
架橋:嘉永元年(1848)年頃

輪石だけの素朴な石橋

津奈木駅前交差点を南進し次の信号から右折。橋を渡り、更に直進するとT字路。右折し約200m右手に細い路地があり、標柱が見えます。




新村眼鏡橋 津奈木町岩城
津奈木町指定文化財

橋長:1.7m
橋幅:1.5m

津奈木駅前交差点を南進し次の信号から右折。橋を渡り、更に直進するとT字路。左折し約200m先右折
、高台に進みます。やや行くと人家の手前に左に急勾配の坂があります。そのさきに標柱あり。
塩屋眼鏡橋 田浦町

橋長:5.27m
橋幅:3.6m
橋高:1.8m
径間:4.0m


「この橋は、明治38年に旧国道が開通するまでの幹線道路であった往還に架けられた眼鏡橋で、肥後の著名な石工として知られる種山(現在の八代郡東陽村)石工が中心となって幕末のころ作ったものと考えられている。種山石工の中には、岩永三五郎や橋本勘五郎の名工がおり、代表的な作品として通潤橋(矢部町)、西田橋(鹿児島)、二重橋(東京)などがある。」
形状 [長さ] 5.2m  [高さ] 1.8m  [径間] 4.0m  [巾] 3.6mm
昭和55年3月20日 指定文化財  これは宮浦川河川改修により昭和61年8月復元移転したものである。」

田浦町教育委員会


田浦町役場の北東側敷地内に移設されています。




須田眼鏡橋 八代市二見赤松町須田

橋長:11.8m
橋幅:4.8m
橋高:3.6m
架橋:嘉永2年(1849)頃 
石工:不明

国道3号線沿い、赤松トンネル北側1kmほどの小藪バス停から降りて行った田んぼの中にあります。
二見川最上流の眼鏡橋。

快晴だったのに雨が降ってきました




赤松第一号眼鏡橋 八代市二見赤松町岩下

橋長:12.3m
橋幅:3.8m
橋高:4.7m
架橋:嘉永5年(1852)頃 
石工:不明

小藪バス停から国道3号線をやや北進すると左手に標識があります。


郡代御詰所眼鏡橋  八代郡宮原町東段

橋長:12m
橋幅:2.9m

架橋:
天保年間
石工:不明

「当地点より約200m下流にこの石橋があった。八代郡代(幕府直轄の警察・租税・民生をとりあつかう役人)の詰所(役人が勤めている所)のたもとに石橋があったので「八代郡代の御詰所のめがね橋」言われてきた。宮原町の昔は八代郡の行政的中心地であり、参勤交代の通路になっていて河原町(竜北町)とともに在町を形づくっていた。
天保12年(1842)ごろ、八代郡代の愛敬某という人が、井出明神から上流に向かって道路を開発したため、宮原町は発達した。この石橋は種山から歩いてきて上宮(かみみや)に渡る大切な橋であった。
昭和54年4月、一の井出用水路改修のため当地点に移転復元された。」

宮原町教育委員会」

国道3号線宮原町から役場前を通過して、国道443号線を東進。少し進むと右側に公園あり。そこに架かっています。





明神社(みょうじんじゃ)眼鏡橋  宮原町東段

橋長:7.5m
橋幅:1.8m 
径澗:6.0m
架橋:天保年間(1830〜1844) 
石工:不明

郡代御詰所眼鏡橋のすぐ先、神社前に架かってます


仁田尾(にたお)橋 八代郡東陽村館原

橋長:9.7m
橋幅:3.0m
径間:7.4m
架橋:弘化元年(1844)
当時岩永三五郎や卯助、宇一、丈八兄弟は鹿児島におり、嘉八を中心に架設したものと推定。

現在は縁石をはずし、コンクリートで橋幅を広げてある。

東陽村に着くと、雨は土砂降りになっていました

県道155号線を役場から南下して下さい。案内板が完備されています。
東陽村の石匠館に、石橋分布の地図がありますので、それを参照してください。





岩本(いわもと)橋 東陽村館原

橋長:4.2m 
橋幅:1.2m 
径間:3.0m
架橋:明治4年(1871)

片足部を川岸の岩盤で支える普通の石橋の半分(半アーチ形)の形に特徴。


県道155号線を役場から南下

今屋敷(いまやしき)橋 東陽村館原

橋長:7.3m 
橋幅:2.4m 
径間:6.3m
架橋:嘉永元年(1848)

同年の種山石工たちの架橋として、鹿児島の武之橋(三五郎等)、御船川目鑑橋(宇一、丈八等)、東陽村の鹿路橋などがあり、各地での活躍の様子がわかります


県道155号線を役場から南下





館原(やかたはら)橋 東陽村小浦字館原

橋長:7.25m
橋幅:2.32m
架橋:嘉永元年(1848)
石工:種山組

仁田尾橋のさらに上流に位置する。当時は地元の林業を担う橋として活躍してましたが、車の大型化と共に現役を退き今は大切に保存されています。


県道155号線を役場から南下

石工、橋本勘五郎の生家(東陽村)

石匠館のすぐ東横にあります

石水寺の石橋 人吉市下原田町

橋長:19.5m
橋幅:2.7m
架設:嘉永7年(1854)

お寺に通じる道に架かる石橋。

本日の締めくくりにふさわしい、立派な橋です

石水寺:曹洞宗寺院
永国寺開山 実底和尚の隠居寺として1417(応永24年)建立される。 海棠(かいどう)が有名で別名「花の寺」とも呼ばれる。


国道219号線を国道445号線との合流点から西に約2Km。国道沿いに案内板がありますので右折。約1.5Km右手。


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